2013年7月9日火曜日

過大評価の揺り戻し

五月十日、ECB、英国、スイス、カナダ、日本の各中央銀行は、米国の中央銀行である連邦準備理事会(FRB)との間で、ドル資金のスワップ(交換)取り決めを再度締結した。〇八年九月のリーマンーショック直後に、欧州や日本などの金融機関がドル資金の調達に支障を来した際に結ばれた協定であり、各中央銀行が自国通貨と引き換えにFRBからドルを借り入れ自国の銀行に貸し出す仕組みだ。今回も欧州系の銀行がドル資金不足に陥っているとみての措置といえる。五月十日に打ち出した一連の非常措置は、当局側かユーロ防衛のためには万策を繰り出すという意思を示したものだ。ギリシャなど南欧諸国も当面の流動性リスクを和らげることができ、財政立て直しなどの構造改革に乗り出す時間を買うことが可能となった。ならば、〇九年秋からの欧州金融動乱に幕が引かれたのだろうか。

残念ながら、そうは問屋が卸してくれない。ECBの国債買い取りなどを映してギリシャ国債の利回りは低下したものの、欧州の金融機関の資金調達コストを示すユーロ建てのLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)はむしろ上昇し、外国為替市場では通貨ユーロがドルに対して一段安になっているからだ。これは欧州の金融機関の信用が回復せず、欧州全体に対する評価が下がっていることを意味する。ギリシャの抱える真の問題は資金繰り(リクイディティ)もさることながら、債務の返済能力(ソルベンシー)がなくなってしまっていることにあるのではないか。市場の懸念はここにある。そしてギリシヤなど南欧諸国が緊縮財政や構造改革をやり遂げることができるか、その能力にも疑問を拭えずにいる。

「債務の返済能力がない、つまり財政が破綻しているとすれば、金融支援よりも国債リストラ(元利払いの削減)が必要になる。その場合には、国債リストラの懸念が他のPIIGS諸国にも波及し、ユーロを不安定にさせる」。小川英治∴橋大学教授はそう指摘する。当然、国債を大量に保有する欧州金融機関のリスクも、強く意識されることになる。借り手ばかりでなく、欧州の貸し手も一蓮托生ではないか。ドイツやフランスの銀行のCDS取引の保証料が上昇したのは、こうした懸念を映している。もうひとつ市場が懸念しているのは、ギリシヤの惨状を目の当たりにした欧州諸国が、財政緊縮を競う余りに欧州経済が再び失速するリスクだ。そのリスクを認識するからこそ、欧州金融動乱を機に、世界の株式市場はがぜん荒れ模様となっているのだ。口蹄疫の大流行ではないが、危機の伝染への懸念が広まっているといってよい。

金融危機のコンテーション(伝染)。この言葉がはやったのは、一九九七年に始まったアジア通貨危機のときだ。当初、日本はきつい条件を付けない金融支援の実施を提案した。これに米国が猛反対し、「IMFコンセンサス」と呼ばれた緊縮財政と銀行整理を主張した。タイに始まった危機は韓国、インドネシアを襲い、アジアはマイナス成長に陥った。一方、二〇〇八年の世界金融危機。ときのブッシュ政権が公的資金を使った金融システム問題処理に二の足を踏み、リーマン・ブラザーズの破綻を招いた。世界的にお互いに投資資金の引き揚げが加速し、〇九年の世界はマイナス成長になった。先進国も新興国も一九三〇年型の大不況を防ごうと、財政と金融のエンジンを噴かし、〇九年半ばあたりから経済は上向きだした。そんななかで起きたのがギリシヤ危機だ。財政赤字こそ問題だとみた欧州はアジア危機のころのIMF型の緊縮財政を誓う。

一〇年五月以降に各国が打ち出した緊縮措置の規模は以下の通りだ。スペイン 名目GDP比で一〇年に〇・五%、一一年に一・五%。ポルトガル 同じく一〇年に一%、一一年に二・二%。イタリア 一一年と一二年に総額二百五十億ユーロ。初年度は百三十億ユーロ。ドイツ 一一年から一四年にかけて総額八百億ユーロ。初年度は百十二億ユーロ。英国 一四年度から一五年度までに千二百億ポンド。一一-二一年度に百五十一億ポンド。ユーロ圏全体としてみれば一〇年の景気刺激策の規模は名目GDP比で〇・九%。その景気刺激策のうち、一時的措置であるじDP比で〇・六%相当が一一年にははげ落ちると見込まれているが、「一連の緊縮措置で財政面からは一段の景気下押し圧力が働く」とみずほ総合研究所はみている。そんななか市場は極端な緊縮による実体経済の悪化を警戒し始めた。しかも自国通貨安による輸出拡大が可能だった当時のアジア諸国と違い、ユーロという単一通貨に閉じ込められた南欧諸国は通貨安という手段を封じられている。