2015年3月18日水曜日

何をどう改革するか

高齢社会を迎えるにあたって、まず必要なことはきちんとした形で介護保険を整備することではないだろうか。介護保険がなぜ必要なのか、という点についてはいくっかの側面がある。いちばん大きな理由は、かんたんに述べるなら、現在でもすでに六五歳以上のお年寄りは一七〇〇万人であり、そのうち常時介護や医療を必要とする人は約二〇〇万人いるからである。しかも、この数がどんどんふえているのが、大きな社会問題である。

日本が高齢化のピークを迎えるといわれている二〇二五年には、約五二〇万人のお年寄りが介護を必要とするようになると推定されている。さて、人間はどのような経過をたどって老化していくのだろうか。アメリカの例をひくと、アメリカでは六〇歳から七五歳までの老人をヤングーオールドと呼ぶ。この年代の人々は仕事があれば仕事をすることもできるし、介護が必要になる人は比較的少ない。それにたいして七五歳から九〇歳まではオールドーオールドと呼ばれ、介護を必要とする人がたくさん出てくる。

割合については、いろいろなデータがあるが、年齢を重れれば重ねるほど、介護が必要になる人の割合がふえる。これが、アメリカに限らず、ごく一般的な人間の老化の過程であると考えて差し支えないだろう。今まで介護がさほど問題にならなかったのは、かつては介護が必要になる前に、私たちの先輩は病気で亡くなっていたからである。たとえば、戦前に恩給と呼ばれた共済年金を受け取った人々は、平均すると二年半しか年金をもらっていない。つまり、定年退職後、平均的には二年半で亡くなったことになる。

人生五〇年時代には起こらなかった問題が現在の高齢社会にはいろいろ生まれてくる。それが介護や医療の問題であり、高齢社会の背負わなげればならない課題でもある。もちろん老人は誰も彼もが介護を必要とするわけではなく、六五歳以上の老人のうち介護を必要とするのは現在は約七パーセントだ。ただし、もっと上のオールドーオールドの世代に限ってみれば、割合はぐんと高くなる。

では、介護の問題をどうとらえるか、という点について述べてみよう。まず、高齢化社会にあっては、ある一定以上の割合で介護を必要とする人々が出てくるのは当然である。だから、そういった高齢者の存在を前提として話を進めるべきだ。まず、そのような人々を救える制度を作らなくてはならない。